珍獣の詳細プロフィール

はじめまして!札幌在住のフリーランスプログラマー、珍獣 @mc_chinju です。

僕は今、札幌に住みながら東京のお仕事をフルリモートで受け、週3〜4日程度働くという生活スタイルを取っていながら、正社員時代と比べると給与は約3倍になっています。

今ではこのような自由のきく生活をしていますが、学生時代からプログラミングを学んでいたわけではありません。

今回は、そんな僕の成り立ちについてお話ししたいと思います。

生い立ち

小さな頃から「教えること」が好きだった

僕の記憶の限りでは、ひとに何かを教え始めたのは幼稚園児の頃でした。

  • 折り紙で作る「手裏剣」を丈夫に作る方法
  • 綺麗で頑丈な泥団子の作り方
  • マリオなどのゲーム攻略法

などを友達や低学年の園児達に教えていました。

その頃は、特になんの気無しに教えていましたが、自分が創意工夫した内容をわかりやすく伝えて喜んでもらうことの楽しさは、この頃に学びました。

一方で、ゲームが大好きで熱中して遊んでいました。(病気で入院してギプスで手を固定されてもコントローラを握りに行くほどです笑)

  1. 大好きなゲームを一緒に全力で楽しむ
  2. 攻略方法を友達に共有する

当時はネットの攻略情報もあまり充実していなかったので、こうやって教えあいながら攻略して行くプレイスタイルで、ゲームの腕前も誰かにモノを教える腕前も上がって行きました。

何かと目の敵にされがちなゲームですが、本気でやると学ぶことは結構多いですよ。

作ることの楽しさに目覚めた高校時代

高校時代は、ゲームをプレイする側から「作る」側に移りました。


使ったツールは「RPGツクール2000」です。クラスの友達3人と1年半の歳月をかけて、文化祭に向けて制作しました。

  • ストーリーはどんなものにするか?
  • 誰がどこのパートを作るか?
  • いつまでにできそうか?

こういったことを話しながら、とにかく文化祭に間に合うように頑張って作っていたのですが、結局、ストーリーの途中まで作ったところでタイムアップとなってしまいました。

今振り返ると、主にマネージメントの観点で反省点がたくさんありますが、僕が気づいたのは

1つの作品を作り上げるためにコツコツ取り組んで行き、それが少しずつかたちになって行く過程はもっのすごく楽しい!

ということ。今の僕の考え方は、この高校時代の経験がベースになっているなぁと感じます。

プログラマーとしての経歴

ベンチャー企業にプログラマーとして就職

大学時代は農学を専攻し、植物の成分分析をしていました。結果的に、「自分の性格に合わないな」という結論に至ったのですが、その理由は3つ。ちょっと表にしてみました。

合わないと思った理由 僕の感想
1 成分分析のばらつきが大きすぎて、結果があっているか確信が持てない 原因をはっきりさせたい、わかりやすい方が好き
2 植物相手なので、ミスをしたら1年間待たないといけない 待ちたくない。すぐにリトライしたい。
3 同じことを何度も何度もやらないといけない 同じことしたくない、すぐ飽きる

で、僕は考えました。

ミスの原因が明らかで、間違っていたらすぐに修正できて、できるだけ新しいことに触れ続けられる

そんな仕事ないかな...?と。そう、プログラマーです!

僕はプログラミングのことは全くわかりませんでしたが、これらの条件をしっかり満たしていたので自信を持ってこの道に進むことができました。

ベンチャー企業に入ったのは、自分ひとりでゼロからサービスを作れるようになっておきたいと思ったからです。

多くの人に支えられながら、今では自分一人でサービスを作れるレベルになりました。

お金がなさすぎてブログを始めた社会人2年目

これは、プログラマーという職種に限らずだと思うのですが、社会人2年目は金銭的にかなり辛くなります。

  1. 奨学金の返済が始まる。
  2. 住民税が引かれ始める。

僕は、大学・大学院と奨学金をがっつり借りていたこともあり、毎月3万5千円ほどの返済が始まりました。住民税は正確には覚えていませんが、大体1万弱です。

つまり、いきなり手取りから4万5千円減り始めたんですよね。ガチで余裕はありませんでした。諸々生活費を引いて残るのが1万円とちょっと。

珍獣
結婚とか言ってる場合じゃねぇ!マジでこのままじゃヤバイ!

とはいえ、未経験から1年程度だとまだ自信がなく、そもそも転職活動の資金さえ怪しいレベルだったので、毎月の生活資金の足しにすべく始めたのがブログです。

本ブログ、ねこ的アルゴリズムではなく、当時の名前で「AQUAALTA」、今の名前で「ねこ的マインクラフト」です。

扱ったものをマインクラフトに絞ったのが功を制したのか、ブログを初めて3ヶ月でアドセンスの収入は1万を超え、バズったことは一度もないものの、1日で1万PVを超える日も出て、半年程度で月に5万程度になりました!

当時の昇給額が1年働いて¥3,000だったのですが、ブログで稼いだ額は、3ヶ月で1万円。

会社での頑張りは、ストレートに金額に反映されるわけではありませんよね。

でも、ブログはやればやるだけしっかりと結果がついてくる。

珍獣
ブログ頑張った方が確実じゃない?これから思うように成果が出なくても、それは完全に自分の力不足だし納得できるな。

と考え、ユーザーの求める情報を考えながら試行錯誤し、半年ほどで月に5万円ほど稼いでくれるようになりました。

性格的に、ずっと書き続けるバイトのようなライター業はやりたくなかったので、とにかくメンテしなくても一定額稼いでくれるような記事を書き、ここから約1年半の間、3〜7万円を僕に運んでくれました。

プログラマーとして生きていきたかったので、そのお金をもとに、まともな生活を送りながら腕を磨くことに注力して過ごしていきました。

フリーランスプログラマーとして独立

本業のプログラマーとして会社でも評価してもらい、自信がついてきた3年目の秋。

珍獣
結婚したけれど、妻のほうが稼ぎが多い今の状況マジでなんとかしないと申し訳ないなー

とか思いつつ、転職したらいくらくらい貰えるようになるのか一度しっかり調べてみることにしました。

そこには、 60〜80万円/月 の文字が。

「は?まじかよwww」とリアルに声が出ました。

よくよく調べてみると、プログラマー経験3年程度で東京でフリーランスになる場合は大体それくらいが相場だと。

会社に貢献して、どんなに頑張ったところで、給与がいきなり2倍、3倍に上がることはまぁないでしょう。ですが、フリーランスエンジニアになれば、それが割と簡単に実現できます。

新卒で入社した会社には、全くできもしないところから採用してもらい育ててもらった上、なかなか居心地もよかったので数ヶ月悩んだのですが、きちんと親孝行もしたかったですし、妻にあんまり我慢もさせたくなかったので、僕は新たな道を進むことにしました。

東京でのフリーランス生活から札幌へ

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2018年3月から、思い切って東京から札幌に引っ越しました。約1年弱で、ある程度仕事のことも信頼していただけたおかげか、契約を継続していただけることになり、そのままフルリモートでお仕事させていただいています。

引っ越した理由は色々ありますが、学生時代に札幌で過ごし慣れていたというのと、妻の実家が札幌だというのが大きな理由です。あとは生活費も安いしご飯も美味しいですしね。

とても過ごしやすい街なのでもっとフリーランスエンジニア増えたらいいなと思っています。

ちなみに、フリーランスエンジニアの仕事を探す上で案件を紹介しているサービスはいくつもありますが、僕が実際に相談に行き、最終的にお付きあいさせていただいているのがギークスジョブです。フルリモート案件はそもそも扱っていなかったにも関わらず、札幌に引っ越してからも案件を見つけてきていただいていますし、サポート体制も充実しているので超オススメです!

↑ のボタンからでも登録できますが、フリーランスに転職をお考えの方がいれば、僕経由で登録すると、¥25,000キャッシュバックされますので、その際はお気軽にTwitterLINE@ でご相談ください!

最後に

ここまで読んでくださったあなたは、少なくともエンジニアへの転職やフリーランスエンジニアのことに興味がある方かと思います。

今エンジニアになりたいと思っているあなた。

なれます。

事務職や研究職からエンジニアに転職した方を僕は知っていますし、新卒入社からではありますが、僕だって右も左も分からない状態からのスタートでした。途中すっ飛ばしてますが、実は医学部目指して2浪してます。結局僕は医療の道には進みませんでしたが、そんな奴でもなれます。

フリーランスエンジニアに興味があるあなた。

なれます。

すでにエンジニアの方は、まずは転職サイトに登録し、ご自身の価値を知るところから始めるといいかと思います。まだエンジニア歴の浅いあなたも、どんな技術を身につけたらいいのか、指針を持って進めることをオススメします。

それぞれの段階でかかる時間は違いますが、自分の目標や生活スタイルを目指して努力すれば必ず達成できます。
応援しています!

もし、僕に手伝えることがあったら気軽に相談して下さい。あなたが小学生だろうが、還暦を過ぎていようが、お返事します。

LINE@ でも、Twitter でも、相談受け付けています!

ねこ的アルゴリズム運営者、珍獣でした!

楽しい人生が過ごせますよう!